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とみやまみの、まちの歩き方 『きっかけの地図』の作者インタビュー

2021-10-29

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Open Letter 周辺エリアの散策マップをつくってくれたとみやまみさん(通称マミタス)。

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Open Letter は杉並区と世田谷区の境にある、最寄りは上北沢駅という平凡な街にあります。京王線で各駅停車しか止まらないちょっと地味な駅…。甲州街道と首都高が東西に走り、車の利便性はよいのかもしれませんが、徒歩派の人々にとっては圧迫感ばかり。商店街も生活に必要なものは揃いますが、いまいちパッとしない平凡な街。

けれども、誰の日常でもそうであるように、どんな街にも味わい深さが潜んでいるはず。「きっかけ」さえあれば…。ならば、平凡な街こそ地図を作る価値がある、そう思って、とみやさんに地図制作を依頼しました。

とみやさんは、アーティストの中島あかねさんの同級生で、当時は上北沢にお住まいでした。しかも地図会社にお勤めで(現在はフリーで地図を作っています)、地図を描く散歩の達人。この街の地図をつくるのに、とみやさん以上に適任はいない!ということでお願いしたら、読めば読むほど味わい深い、彼女の街歩き哲学がたっぷり詰まった地図に。

そんな地図作家とみやさんに、地図の考え方・使い方、街の歩き方、そもそもなぜそんなに街歩くのか、いろいろ話を聞いてみました。

(インタビュー・構成:中庭佳子)

INDEX

 

境をていねいに、
間を歩く

ー制作の時のことを教えてください。

Open Letter が不思議な場所にあって。上北沢と浜田山の間、世田谷区と杉並区の間…「間」にあるので範囲を決めるのが難しかったんです。

「間にある」と言ったんですが、高速道路、甲州街道、京王線、玉川上水、神田川と、東西をつなぐ横の線がたくさんあるエリアで、南北の縦の線は鎌倉街道くらい。それがわかると面白くて。間をみていきました。

例えばここ(地図を指して)、杉並区と世田谷区の区境なんですけど、なんでここから杉並区なんだろうと考えたり、歩いてて急に街の作りが変わっていることに気づいたりとか。

住民視点だと、区境の杉並側に住んでいる人は「杉並区民です」と言いづらいと感じる人もいるかもしれないし、だからこそ「杉並区民だ」って強く思う人もいるかもしれない。いろんな考えの人がいると思うんですけど、境に住んでる人は意識するんじゃないかなぁ。

センシティブなところなので、なるべく境は丁寧に拾いたかったんです。

 

街紹介の地図ではなく、
街を紹介できるようになる
「きっかけ」を散りばめた地図にしたかった

ー「きっかけの地図」の特徴ってなんでしょう?

この地図は鳥瞰図でイラストを多用して描いています。どんな場所なのかなんとなく分かるように並木のところは木を描いてみたり、すごい存在感で突然現場で見ると面くらうかな?と思う首都高を、図ではなく立体的な絵で描いてみたり。心理的な印象も表現に加えています。

地図をつくる時って当然目的があるんですけど、この地図は目的や行き先が決まっているわけではない、というのがすごく難しくて、だいぶ悩みました。

しいて言うなら、目的を持ってもらうことが目的の地図です。「きっかけの地図」なので、街紹介の地図ではなく、街紹介ができるようになる要素を散りばめた地図にしたくて。

OpenLetter に来たら、「またこっちに行ってみよう」「今度は違う方に行ってみよう」となるきっかけになればと思っています。

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とみやさんの案内で、上北沢散策をした時のようす(2019年11月)

 

ー具体的にとみやさん知っていることは地図にはあまりのせていないんですね。

私の視点はちょっと抑えて、抑えきれてないかもしれませんけど(笑)。もっと書きたいことがありますが、紙の地図の面積の限界もあって。「わくわくする」とか「細いな」とか、そういうコメントはちょっとずつ描いてはいます。

ーこの地図が街を歩く人の補助線としてあるのかなと。

そうですね。ただ、道においてはなるべく全部の線を書いています。見た人が「この線なんだろう?」と思った時に、それがはじまりだったりするかなと。水路の跡がこっちにつながっている、などは地図を見る側にもリテラシーがないと分からないけれど、実際の場所にはヒントが地図以上にあるはず。だから語りすぎない感じ?にしたつもりです!

 

点の移動ではなく、
面で移動してほしい

ーここまでは語るけどここからは語らない、という境界線はありましたか?

紙に書き切れる物理的な量?(笑)

ただ「歴史マップ」とか「水路マップ」とか、「〇〇マップ」になるとそれをみるだけで終わっちゃうから、満遍なくみてほしいというのもあって、〇〇マップという固有名詞がつかないようにしようと思いました。例えばきっかけの地図の中心には「甲州街道」や「玉川上水」といった江戸時代に由来のある場所があります。そうすると宿場町だった「高井戸宿」にもつい触れたくなってしまいますが、地図には敢えて入れてません。歴史に内容が偏ってしまう気がして。この辺りを歩いていたらどこかで高井戸宿に触れるきっかけがあると思うんで、ポジティブな意味で、知識ではなくとにかく歩いて欲しいなと思って入れませんでした。

よくある観光マップは、地図に書かれたスポットの点と点の移動になってしまって、その間にある書かれていないものの存在をおろそかにしがちなんです。それは寂しいなと。今回は面で各々に好きに移動してもらえるような地図にしたかったので、地図上には見てほしいところよりも歩く目印になるようなものを重視して描いています。

2019.11.9、上北沢散策風景

 

人の営みの集積の線

あと、地形以外のほとんど全ての地図上の線って、人の営みの集積なんです。太い線であればあるほど意味や歴史が濃かったり、ちょっとセンシティブですね。

今では太い線は行政レベルで引いていて、細い線は自治体だったり、もしかしたら個人間で引いている路地だったりする。いろんな経緯や話し合いの末に今の形に落ち着いていると思うと、境目や道の線は削りたくなくて、国土地理院の地図を基準に出来る限り全て書いています。

あとこの地域の面白いところは、いろんな境があるので開発が入りづらいところ。まとまった土地を綺麗に開発した街は、安全で便利だけれど発見が少ない。

開発されたばかりのところより、長い年月の間、開発の手が入っていないようなところの方が、いろんな時代や人々の経緯が見え隠れして絶対楽しいんです。

例えば道路が急にがっくんと狭くなっている場所は、何か理由があるはずです。その理由がわかってもわからなくても、気になる部分が増えると町が面白くなる。Googleマップでどれだけ広くてまっすぐな道に行った方が早いよと言われても、私は狭くて意味ありげな道に行きたい(笑)。

仮に林とか森、山、獣道を歩いていても、結局誰かの意志で作った道を進んでいるから、散歩は誰かの痕跡を追うみたいなことだと思うんです。寂しがり、びびりなので、誰も歩いたことがない道は怖くて行けないけど、誰かが歩いた道なら安心して行ける感じがして、そういう感じで歩いていると嗅覚がよくなっていきました。

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ゆっくり歩く、
ひとりで歩く、
カーブを歩く

ー道にいろんな人の道の思いがあるとのことですが、歩いているだけで読み解けるものですか?それとも、調べたり、過去の知識から分かったりするんでしょうか?

経験はあると思います。場数(笑)?

慣れてくると気になる場所も増えてきて、古い地図を見たりして、過去何がその場所にあったのかを調べたりもします。

ーコツはありますか?

ゆっくり歩くことかもです。あとはひとりで歩くこと。人と歩くと話すのが楽しいから、あまり周りに目がいかないけれど、ひとりだと否が応にも周りを見るので。あとはスマホを見ないこと(笑)。

車が通らない道を歩いた方がいいかもしれません。車が通らないということは人のためにだけある道だから、ぐねぐねしていたり細かったり、見どころが多いし、車が来ないから周りの景色に集中できるんです。

先に地図をみて、なるべくぐねぐねした道を行くのがおもしろいと思っています。

道の情報量としては、カーブしている方が圧倒的に多いです。カーブしていると先が見通せないので、視点の変化がすごいあるんです。なるべくぐねぐねした方が景観に目がいく。否が応にもみることになるので。

そういう歩き方をすると、街を歩くって豊かだな、楽しいなっていうことにだんだんと気づくかも知れないです。

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ー例えば豊かだなと思っているのはどういうところですか?

その場所で過ごしている人の工夫が見えるといいなぁという気がしています。道や町は、まず誰かが動線を考えながら設計して作っていると思うんですが、実際はその想定に収まらない部分が沢山出てくるはずです。動線に従うだけだと、コマの上を歩かされている感や、「こう過ごせ」と何かに言われているような窮屈感が出てくるかもしれません。当初の想定からはみ出して、住んでいる人たちが不便に思ったり、より良くしようと独自の工夫を始めたりして、それが小さい点から一帯に広がって個性が出てくる。そういう他との「差」みたいなものは面白いと言うか、わくわくするというか。

 

ーこの地図を手に取った人へ、伝えたいことはありますか?

OpenLetterだけを記憶していくのではなく、それはどんな場所にあるのか。どんな道を通って何を見たのか。〝この街にあるギャラリー〟という見方をしてほしいなと。

というのも自分の過去の経験があって。地元が東小金井駅なんですが、「何もない」と言われがちな駅で。当時は中央線特集があっても絶対触れられていなくて(笑)。仮に特集されたとしても、そこにあるおしゃれなカフェだけだったりして、それって街の特集じゃないじゃん、という憤りがありました。

いい感じのお店があっても、ちょっと売れると吉祥寺に移転しちゃったりして、なんなんだろう、この街はと(笑)。土地って豊かなプラットフォームだと思うのに、街に訪れた人が点だけ見て、ピューンピューンってどっか行っちゃうのが、住んでいる人として悲しいな、と思ったのが、街を歩くきっかけになりました。何もなくないだろうと。

水道橋にある高校に通っていたんですが、「小金井って何があるの?」とよく聞かれて、「小金井公園とか…かな?」と答える位で、自分もうまく言えない。中学の時は友達もあまりいなかったし、高校の時は友達は遠かったので、ひとりで地元を延々と歩いていた時期があって。それで「何もなくないじゃん!」と思っていたんですが、言葉にできないなもやもやが…。

言語化はできないから、「言語じゃないものだな」と思って、学生の頃から写真なり地図なりで制作して、今にいたります。

 

まちを伝えたい道のり

ー学生の時はどんな作品を作っていたんですか?

工芸高校のデザイン科だったんですけど、小金井を知ってもらいたいと言うのと、ミーハーだったから広告写真やりたいと思って、小金井の広告を作ったんです。その時は〝映える〟写真と、うっすいコピーを作って(笑)、小金井の上っ面だけなでて…。恥ずかしくて作品を保管しなかったです。

ーまちを伝えたいというのはその時代からあったんですね

めっちゃありました。美大のときは、ふたつの写真をつなげるとひとつの風景に見えるという作品を作っていました。

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『町』(武蔵野美術大学 2014年度卒業制作展)

 

ーどうしてふたつ繋げてみようと思ったんですか?

芸祭で、ミスプリント半分に折って中綴じの本にすれば売れるかも、という雑な動機で(笑)。その時本当に、偶然あれ?つながって見えるぞと気が付いたんです。そういう組み合わせが、これまで撮ってきた写真の中で探すとたくさんありました。

よくみると全然違うんですが、ぱっと見騙される。

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植物の存在が大きいのかな?あと線でもつながっている。日本独自の線があって、例えば停止線とか標識とか。ほかにも単純に私が好きな塀の高さとか空の間合いのとり方が同じだったり。写真を2枚撮ると、4つの組み合わせができるんです。組み合わせの中から自分の好きな景色を紹介したので、自分視点で作れました。この時はまだ青いんですが(笑)、今もまだできる気がしてるんです。物量を撮らないといけないので、仕事しながらだとなかなか出来ないですね。

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大量のコンタクトフォームが…

 

この写真の場所は東小金井の駅前と新小金井の駅前、違うんですけど同じなんです(笑)。

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どこにでもある街っていう見方をされる方もいると思うんですが、例えば東京と大阪だったら差分が大きいけど、じゃあ調布と小金井何が違うかというと、差は微妙になってくるし、武蔵小金井と東小金井なんてさらに微妙になってくるんです。

具体的な差じゃなくてもっとミクロな差、似てるけど屋根が赤だったり青だったり、同じような道でも、かたや壁だったり生垣だったり。似てるけどちょっと違うということを言いたかったし、同じエリアだから似てるということも言いたかったんです。

 

まちの「ケ」を、どうにかとどめておきたい

ー今つくりたい地図はありますか?

実は、今も地図を作ろうしているんですが、もう地図じゃなくてもいいと言うか。なんかこう、〝場所らしさ〟を書き止めたいって気持ちがすごいあって。

この間、荻窪の辺りを調べていて、矢島又次さんという方が地図というか、風土を描いていることを知って、図が載っている本を買いました。矢島さんは荻窪や阿佐ヶ谷に住んでた方で昭和の終わりごろに、年老いてから若かった頃の記憶で風土を描いているんですが、絵がめちゃくちゃ良くて、どんな場所かわかる。

ーそれは絵として描いている?地図として描いている?

どっちもあるんだろうな…。見えますか?

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『荻窪の古老 矢嶋又次が遺した「記憶画」』杉並区立郷土博物館(2012年)

 

富士塚の絵なんですけど、田んぼがあって横に登山路があって、これも道なんです。そうすると山の裏に神社があるんだろうなってわかる。

観光マップとかなんとかマップって、もちろん取材や分析があるのが当然なんですけど、もっとラフに見られる地図があってもいいのかなと。

TOKYO ART BOOK FAIR 2021 で出そうとしている地図もつつじヶ丘の地図なんですけどね、『つつじヶ丘の地図』という地名を冠した地図っていうより、住んで1年くらいの『居住範囲の地図』『住民目線の地図』みたいな。

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TOKYO ART BOOK FAIR 2021で出品した『近所をまわる!』の一部

 

地図って、外の人に見せるものという印象があって、たとえば Google Map は広告をお金にしてるから、お店とか目的地とか口コミとかが主に載ってくる。

でもキラキラしてない部分、ハレとケだったらケの部分が確実にあると思うんですけど、どうしてもお金が出るような地図はハレの部分ばっかり出しがちで。本当はケの要素があって、個人の地味な情報とか、そういう方が魅力的なんじゃないかと思うんです。

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とみやさんの散歩メモ(2021年9月10日)

いろんなところでいろんな人がいろんな生き方してる、みたいなことを、ざっくりと肯定していきたい、みたいな気持ちがあって。そういうのって形に残らないと思うんで、何らかの方法で残せたらいいなと思います。

それが地図なのかどうかはやってみたら分からないんですが、やってみたら見えて来そうです。

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とみやまみ「Aという場所について」(2016年に同人誌『またたび』掲載)とみやさんの地図哲学がわかります。とみやさんのサイトで全編読めます。

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いつもの阿佐ヶ谷マップ 2021』©いつもの阿佐ヶ谷マップ製作委員会